父サンデーサイレンス、母ダンシングキイ。
社台ファームの生産で、藤沢厩舎の調教馬、鞍上は武豊。
日本の競馬で考えうる最高の組み合わせが初めて実現した、2004年の桜花賞。
これまでにこのキャスティングが揃ったことがないのは不思議な感じもするが、
とにかく、最高の牧場で最高の父と母から生まれ、最高の調教師の元で鍛えら
れた馬が、最高の騎手の手綱で、G1のゴールをトップで駆け抜けた。こんな贅
沢なシーンはおそらくそうめったに見られるものではなくて、競馬ファンは
2004年の桜花賞を観たことを、後々まで誇りに思っていい。
◇
超一流のブランドばかりが詰め込まれた牝馬は、黒鹿毛のダンスインザムー
ド。馬は、自分がとてつもなく大きな期待を背負ってることなどまったく知る
はずもなく、いつもどおり、スピード豊かなピッチ走法で走って、いつもどお
り軽がると、楽しげに1着でゴールインしただけだった。
しかしそのレースぶりは、まったく破格!
1000の通過が59秒0だから、そこだけ見ると「ややスロー」という数字だが、
実際はスタートしてからの2ハロンめと3ハロンめが10.9 - 11.4 。これはそう
簡単なラップではなくて、序盤戦はわりと厳しい流れだった。
そして、ラップの緩まなかった向正面を走りきったあと、ラスト3ハロンが
11.8 - 11.1 - 11.7。
4コーナーで外から勢いよく先頭に立ったダンスインザムードが、直線で刻
んだ最初のラップは、なんと馬ナリで11秒1だった!
ダンスインザムードのレースぶりで破格だったのは、まさにこの部分だ。
ここで一気に加速して抜け出したことによって、レースは「マイルを軽く走
りきるスピード争い」ではなくなって、「レベルの高い底力が要求される」
ものとなった。
ついて行ける馬は、もう一頭もいなかった。史上空前のハイレベル・混戦と
言われた2004年の桜花賞は、この瞬間に、名牝ダンシングキイが残した黒鹿毛
のダンスの、独壇場となった。
◇
今回、武豊ジョッキーは、自分に騎乗を依頼されたことの意味を、そうとう
強い気持ちで受け止めていたのではないだろうか。それがストレートに出たの
が4コーナーの攻防だ。4角で外から一気に先頭に立ったその瞬間、彼はインを
厳しく閉めて、すぐに最内のラチ沿いに進路を取りに行ったのだ。4コーナー
であんなに厳しくインを閉める豊の騎乗ぶりも、本当に珍しい。馬の脚が際立
っていたからほとんど目立たないが、あれはラフプレーギリギリの厳しい乗り
方で、なにがなんでも必ず勝つ!という強い意志がみなぎる騎乗だった。
レース後のインタビューでは「先頭に立つのが早すぎてちょっとイヤだっ
た」というニュアンスのコメントをしていたが、そう思う一方で、「ここで
行け!」と思った部分もあったのではないか? レース見てる限りでは、まっ
たく判断によどみがなく、結果的には、4角先頭で瞬時にレースを支配してし
まったのだから。
◇
惜しかったのはアズマサンダース。豊が4角の外からウワッと動いたとき、
インで包まれて一瞬行き場がなくしていた。そして、わずかその3~4完歩の
あいだに、レースの主導権は、豊が奪い去っていた。ゴールでの2馬身差は、
そこで動けなかった分の差で、この馬だけはダンスインザムードと同等の評
価をしておいたほうがよさそうに思えた。フットワークのバランスと柔軟性
がなにしろ抜群で、このあとはオークスに直行らしいが、阪神のマイルより
は府中の2400に向いていそうなストライドだし、楽しみが先につながったと
思う。この馬自身、良馬場でマイルの持ち時計を、この大一番で1秒7も詰め
ているのだからたいしたものだった。
ムーヴオブサンデーは、スピードに乗ったときの腰の弾力性が、全盛時の
トロットスターやビリーヴを思わせるフットワーク。マイルはやや長かった
が、しかしもしかすると、一級品のスプリンターに育つ逸材かもしれない。
ダイワエルシエーロは不可解な敗戦で、一度もバシッと来るところなく、
流れに乗れないままに敗退してしまった。大外枠が道中微妙に影響したとし
か思えないが、好時計連発だった2月の東京で鋭く勝った馬は、もしかする
と信頼感イマイチなのかもしれない。
絵に描いたような良血・超一級のブランドが勝ってしまうと、穴党とし
てはややショックだったりもするんだが、しかしこういう最高級の良血が勝
ちを重ねていくのも、間違いなく、競馬の大きな醍醐味だ。
素晴らしい競馬を、リアルタイムで見られて、本当によかったと思う。
【記録】
1着 ダンスインザムード 1.33.6 R
2着 アズマサンダース
3着 ヤマニンシュクル
※ラップ※ 12.4 - 10.9 - 11.4 - 12.1 - 12.2 - 11.8 - 11.1 - 11.7
|